いわき湯本温泉の歴史

いわき湯本温泉の歴史開湯の歴史は古く、奈良時代であるとされ、古くはこの地を「佐波古」と呼んだ。

平安時代「延喜式神名帳」に記載があり、有馬温泉、道後温泉と並ぶ日本三古泉とも称されている。

中世には戦国大名の来湯も多くあり、江戸時代には浜街道唯一の温泉宿場町として文人墨客が絶えなかった。

明治期になると中央資本が常磐で大規模な石炭採掘を始め、湧出する温泉を汲み上げ、温泉面の低下に繋がった。そして大正8年には湯脈が断たれ温泉町として機能を失った。

その後温泉揚湯会社を設立し、毎分5トンの揚湯を確保。

昭和40年中頃から石炭の斜陽と共に閉山が続き、人口の流失などがあったが、炭坑会社は温泉娯楽施設(現 スパリゾート ハワイアンズ)などを設立し、企業転換 を図った。

昭和63年の常磐自動車道の開通によって首都圏からの観光客で賑わっている。